
― 新橋・鉄道発祥の地で出会った、お茶と文化、そして“伝える”工夫 ―
こんにちは。
東京・文京区護国寺を拠点に、会報誌や広報誌、社内報、会社案内、Web制作まで手がけている、株式会社ユー・エス・エスです。
先日、当社が冊子制作のお手伝いをさせていただいているお客様の紙面記事の取材の一環として、新橋にある株式会社伊藤園「お茶の文化創造博物館・お〜いお茶 ミュージアム」を訪れました。
当日は館長自ら館内をご案内くださり、日本文化を「お茶」を通じて次の世代へ伝えていきたい、というミュージアム設立に込めた思いについてもお話を伺うことができました。
この新橋の場所は、新橋〜横浜間を鉄道で最初に結んだ出発地点にあたる「旧新橋停車場」の駅跡地で、鉄道ファンにとっては聖地とも呼ばれている場所です。
皆さんは「お茶」と「ティー」という言葉の違いについて、考えたことはありますか。
実はこの呼び名の違いは、お茶の文化がどのような経路を通じて世界に広まっていったのかを示しています。
「お茶(cha)」と呼ばれる文化は主に陸路を通じて伝わり、「ティー(tea)」は海路を通じて広まったものだそうです。
どちらも起源は中国ですが、海上交易の拠点であった福建省周辺では、お茶のことを「茶(te)」と発音し、一方、内陸部では「茶(cha)」と発音されていました。
その発音の違いが、現在の「tea」「cha」という呼び名として世界各地に残っているのです。
私自身、これまで特に意識することなく、紅茶は「ティー」、日本茶は「お茶」と使い分けていましたが、こうした背景を知ると、その呼び名一つにも長い歴史が刻まれていることに気づかされました。

皆さんは「お茶の産地」と聞いて、どこを思い浮かべますか。
静岡や鹿児島、三重、京都、埼玉、福岡などが主な産地として知られていますが、なかでも静岡・鹿児島・三重の三県で、国内のお茶生産量のおよそ7割を占めているそうです。
「お茶の文化創造博物館」にある「お茶シアター」では、四季折々に表情を変える茶畑の風景を、大画面の映像で楽しむことができました。
普段はなかなか意識することのない「お茶が育つ風景」を体感できる、印象的な展示でした。

話は変わりますが、皆さんは「からくり人形」をご存じでしょうか。
館内には、茶碗を運ぶことで知られる「茶運び人形」の模型も展示されており、その精巧な仕組みには思わず足を止めてしまいます。
こうした機械仕掛けの人形を目にした外国人が、日本の技術力の高さを感じ取ったであろうことも、想像に難くありません。

また、お茶の飲み方や作り方も、時代とともに大きく変化してきました。
もともとは公家や武家、僧侶に限られていたお茶の文化が、次第に庶民へと広がっていった過程も興味深いものでした。
特に印象的だったのが、上流階級と庶民とで使われていた茶道具の違いです。
上流階級の茶道具は、確かにきらびやかで美しいものばかりですが、一方で庶民の茶道具には、実用性を重視した工夫が随所に見られました。
熱効率を考えた構造で湯を沸かし、お茶を点てながら暖をとることができ、さらにはお酒を入れる口も備え、熱燗まで作れてしまう。
そんな生活の知恵が詰まった庶民の茶道具に触れ、お茶文化が「暮らしの中」で育まれてきたことを実感しました。
お茶の文化創造博物館・お〜いお茶ミュージアムが、なぜ新橋という「鉄道発祥の地」に設けられているのか。
館内を歩み進めていくと、その理由が次第にはっきりとしてきます。
通路の壁沿いには、「蘭字(らんじ)」と呼ばれる、茶箱に貼られていた輸出用ラベルがずらりと展示されています。
鉄道が開通した当初から、日本のお茶は重要な輸出品の一つでした。全国各地で生産されたお茶が新橋に集められ、そこから横浜港を経由して、海外へと送り出されていったのでしょう。
この「蘭字」を見ていくと、当時のデザインの流行や、日本文化を象徴する意匠――例えば富士山のモチーフ――、さらには当時の印刷技術の水準までも垣間見ることができます。
デザイン制作や印刷に携わる者としても、大変興味深く拝見しました。
単なるラベルではなく、日本のお茶とともに、日本の文化や美意識が海外へ伝えられていったことを実感する展示でした。
続いて、「お〜いお茶ミュージアム」のご紹介です。
お茶の文化創造博物館が、お茶文化そのものを伝える内容であったのに対し、「お〜いお茶ミュージアム」では、伊藤園のお茶づくりに対するこだわりや、「お〜いお茶」誕生の背景、現在に至るまでの多彩なラインナップ、さらには「お〜いお茶 新俳句大賞」などが紹介されていました。

なかでも特に印象に残ったのが、「山あり谷あり誕生秘話」の展示です。
1980年代当時、お茶は急須で淹れるものであり、自動販売機で買うものではないという考えが一般的でした。そのため発売当初はまったく受け入れられず、「全く売れませんでした(笑)」と館長が語られていた姿が印象的でした。
しかしその言葉には、現在では誰もが日常的にペットボトルのお茶を手にしているという、確かな実績と自信が裏打ちされているように感じられました。
展示では、酸化によって赤く変色してしまうお茶を、いかに鮮やかな緑色のまま保つかという工夫や、コンビニのショーケースの照明によるダメージを防ぐためにペットボトル表面に刻みを入れていること、さらには温かいお茶と冷たいお茶とで製造工程が異なることなど、細部にまで及ぶこだわりを知ることができました。

なかでも特に驚かされたのが、茶殻のアップサイクル技術です。
仕事柄、茶殻を混ぜ込み、ほんのり茶葉の香りがする名刺の存在は知っていましたが、人工芝の原料として活用され、地表温度を下げる効果があるという話には驚かされました。
そのほかにも、建材や紙媒体など、さまざまな分野でアップサイクルが行われているそうです。
ミュージアムの最後には、カフェ・ショップコーナーが併設されています。
ここでは「お~いお茶くん」のぬいぐるみの販売のほか、抹茶やわらびもちなどを味わうこともできます。
私がお土産として思わず手に取ってしまったのは、あの懐かしいプラスチック製のお茶ポットでした。
国鉄時代をご存じの方であれば、電車旅のお供といえば「お弁当とお茶ポット」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
ネットで調べると、現在でもお茶ポットは販売されていますが、プラスチックの進化でしょうか、持ち手まで一体成型されたものが主流のようです。
ところが、このコーナーで販売されていたものは、持ち手が「紐」という昔ながらの仕様でした。

お弁当とお茶を3つ、4つと持つと、この紐が手に食い込んで痛いんですよね。
ただ、そんな不便さも含めて、今となっては良い思い出です。
鉄道ファンが訪れる聖地でもあるこの場所だからこそ、あえて昔ながらの復刻版として、この仕様にこだわっているのではないか――
そんなことを勝手に想像しながら、帰路につきました。
「お茶の文化創造博物館」、そして「お〜いお茶ミュージアム」は、
お茶という身近な存在の奥深さと、それを「どう伝えるか」という工夫に満ちた空間でした。
ご来館の際には、ぜひ時間をかけて、展示一つひとつをじっくりご覧になってみてください。
所在地:〒105-0021 東京都港区東新橋1-5-3 旧新橋停車場内 T E L :03-6263-9281 H P :https://www.ochamuseum.jp/
開館時間 10:00~17:00(最終入館16:30まで)
休 館 日 毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日休館)、年末年始
料 金 ■お茶の文化創造博物館
大人500円 学生300円(70才以上の方と高校生以下無料)
障がい者手帳をお持ちの方はご本人と付き添いの方一名様は無料
■お~いお茶ミュージアム
無料