
先日、新国立劇場でオペラ『こうもり』を観てきました。
会場は満員。開演前からロビーは人でいっぱいで、今日はちょっと特別な夜、という空気が自然にできあがっています。

席に着いて、最初にオーケストラの音が鳴った瞬間、すっと日常から切り離されて、あっという間に舞台の世界へ。
この「最初の一瞬で気分を切り替える力」は、どんな表現の仕事にとっても、とても大切な要素だと改めて感じました。
演奏は東京交響楽団。
やっぱり、生のオーケストラの音を“体で浴びる”感じは、録音とはまったく別ものです。
『こうもり』は喜歌劇(オペレッタ)。構えずに観られて、素直に楽しい作品でした。
ところどころ日本語のセリフも混ざっていて、観客を置いていかない工夫が随所にあり、「どうしたら楽しんでもらえるか」を相当考えて作られていることが伝わってきます。
気がつけば、約3時間が本当にあっという間。
「長い」と感じさせない、というのは、それだけ体験設計がうまくいっているということなのだと思います。
休憩時間にはロビーでスパークリングワインを一杯。
ロゼは長蛇の列で諦めましたが(笑)、それでも、この一杯があるだけで、気分はすっかり“お祭り”です。

周りを見渡すと、グラスを片手に談笑する人、写真を撮る人。
トイレも大行列で、ちょっとしたテーマパーク状態。
舞台の上だけでなく、ロビーで過ごす時間まで含めて、「一晩の体験」としてデザインされているのだと感じました。
これは、展示会やイベント、ブランドの発信などでも、まったく同じ構造だなと思います。
中身だけでなく、「どんな時間を過ごしてもらうか」まで含めて考えることで、体験の印象は大きく変わります。
今回、もうひとつ印象に残ったのが、バレエの場面でした。
東京シティ・バレエ団によるダンスなのですが、バレエといえば女性ダンサー中心、というイメージがある中で、男性ダンサーが5人、しっかり見せ場として踊る構成になっていて、これがなかなか見応えがありました。
「こう来るだろう」と思っていたところを、少しだけ裏切られる。
その意外性があるだけで、同じ舞台でも、記憶への残り方はずいぶん変わります。
もちろん主役級の歌手の皆さんは素晴らしかったのですが、個人的に強く印象に残ったのは、
第2幕で舞踏会を仕切る、オルロフスキー公爵(カウンターテナー)の怪しげで中性的な雰囲気と、
焼酎好きの看守のおじさんの、力の抜けた存在感。
そして、先ほどの男性5人のバレエも含めて、
どれも「主役」ではないのに、舞台全体の空気や温度を決定づけている存在でした。
主役だけでなく、こうした“トーンを決める要素”があることで、世界観は一気に立体的になる。
これは、ビジュアル制作や冊子づくりなど、表現の仕事全般でもまったく同じだと感じます。
観終わったあと、自然に「また来たいな」と思えました。
3時間、しっかり別の世界に連れていってもらって、ちゃんと現実に戻ってくる。
この「連れていく力」があるかどうかで、コンテンツの価値は大きく変わるのだと思います。
最初の一音でスイッチが入り、気がつけば最後まで運ばれている。
パンフレットでも、Webでも、映像でも、「最初の数秒で世界に引き込めるか」はやはり決定的に重要です。
生のオーケストラを体に浴びて、楽しくて、少しだけ贅沢な時間を過ごして、心地よく疲れて帰る。
それだけでも、十分にいい夜でした。
同時に、
「どうやって人を日常から切り離し、どうやって別の世界に連れていくか」
ということを、体験として考える、とても良いヒントももらいました。
オペラ『こうもり』は、そんなことを感じさせてくれる、楽しくて気持ちのいい夜でした。